時々ファジサポblog

岡山サッカーレポーターblog改め

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2008.11.29

切り替え完了!

吐き出して、やっとモードが切り替わりましたw

今回もまた、引用で構成します

ショッカー総統 革命的日記
ホンダロックサポさんのブログですが、面白いので1ファンになっています

内容はJを目指すクラブをことごとく罵倒する罵倒芸ブログw
まあそれがちゃんと芸になっているから高度なエンターテイメントになっているわけです
しろうとはマネしちゃダメよ

その中でも共感できる内容が多く、それをちょっと紹介させてもらいます

http://red.ap.teacup.com/msbblog/225.html

特に長野を群雄割拠の北信越リーグに
地獄送りにしたことは、非常に喜ばしい!
また、同じ北信越リーグ所属の
緑一色(松本)もおつき合いしてくれ、
予選リーグ敗退したことで、
来年のCLの北信越枠も1つとなり、
皆で本気で優勝を争わねばならず、
それが、各チームの底力がアップする事に繋がり、
北信越もまた今後も面白いリーグとなるであろう。

それは日本の下部リーグの活性化となり、
非常に良いことなのだ・・・。

「別に上に行かなくてもいいんじゃね?」
「上に上がる以外にもっと方法があるんじゃね?」
と・・そこで気づくと、
これまた良いことなのだ。

もし、そこで資金難で潰れるなら、
そこまでのチームなのである。
多かれ少なかれ、どこかで潰れるのである。
だとするならば、北信越で潰れろ・・・
大きくなって潰れるくらいなら、
小さいうちに潰れた方が影響が少なくて良い。

Jに行けなくなって、行かなくなって、
離れるサポーターやスポンサーや選手ならば、
所詮そこまでのサポだった。
所詮そこまでのスポンサーだった。
所詮そこまでの郷土愛だった。

と言うことである・・・



明日の試合に負けたら・・・
そんなイヤな想像がよぎることがある。
来年が不安になる。

でも、確信を持って言えるのは
自分はJ2のファジアーノだろうが、JFLのファジアーノだろうが、必ず愛し続ける!
ということだ

それで、ファジがチボリのように無くなってしまうのなら
それは我々の力がそこまでのものだったのだ
岡山の力がその程度のものだったのだ


それからこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/tsukasa5004/4358236.html

ファジアーノ岡山とガイナーレ鳥取は今未だ道の半ば

厳しい競り合いの中にいる。

両チームに対して失礼な試合をしてはならない。

JFLを戦い抜いた証として、

次節最終戦にカターレのすべてを出し切らねばならない。



よろしくお願いします
カターレはJFLの先輩かもしれないが、Jを目指すクラブとしては我々のほうが先輩だ
前の記事にも書いたけれど、我々が夢に近づくたび、相手の夢を踏みつけにしてきた

けして同情ではなく、礼儀をもってJの扉を開けさせてもらいます

自分はこの叫びをけして忘れはしません


そして、あのときと状況も対戦相手も違うし、懐かしんでる場合でもないけれど
最終日に決まるという何かの因縁を感じてこちらを紹介して終わります。

それでは、富山で!
そしてJで!お会いしましょう

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2008.11.28

まだ切り替えられてなかったり

実はまだ日曜日の試合から切り替えられていない。

普段はすぐに次の試合に気持ちは切り替えられていた。
それだけ23日の試合は衝撃、というか悲しかった。

ちょっと今回引用が多くなってしまう

まず、こちらの記事から
レノファ山口vs松本山雅のPK戦

山口の勝利の瞬間、鳥肌とこみ上げてくる熱い衝動がありました。

沈黙する松本サポ。

崩れ落ちるように倒れこむ山雅の選手。

少人数の山口サポと全身で歓喜を味わうレノファの選手。



ビデオでしたが、その瞬間は自分も呆然として言葉が出ませんでした。



しばらくして松本サポーターからコールが始まり、それが延々と続きます。

涙にまみれて叫びとも激ともとれる声援には、松本サポーターの愛情が全て詰まっているようでした。

山雅選手もサポゾーンに挨拶に行きますが、まともに対峙する事ができない様子で見るのがとてもつらい映像でした。




そして、延々と松本コールが続く中、なんとレノファの選手達がハーフウェイラインを超え、松本サポーター側に向かって整列し始めたのです。

松本コールはまだ続きますが、レノファの選手達はそのコールがやむのをずっと整列したまま待っています。

そして、コールが止まった時、レノファの選手達は松本サポーターに向かって一礼しピッチを後にしました。



なんと素晴らしい光景。

彼らの姿勢に感動してしまいました。




後出しですが、山口は草刈り場にはならない。必ずどこかのチームに一矢報いると思ってましたが、1次リーグを突破するとは思ってませんでした。

でも突破したこと以上に上のような件において、同じ中国リーグを戦った者として誇りに思います。
中国リーグだけでなく、地域決勝で戦った相手にも共感を覚えてきました。

お金を払ってでもサッカーを続けたい、仕事が終わってからの練習でもサッカーをやりたい、夜勤明けでも試合に出たい。
そんな愛すべきサッカーバカたちに会えることがうれしかった。

特にJをめざすクラブとは、同じ夢を追いかける同士であり、その夢を奪いあう処刑人でもあるという複雑な感情を持つ相手でもありました。

我々が夢に近づくたび、誰かの夢を打ち砕いてきたのです。
バンディオンセの夢、V・ファーレンの夢、グルージャの夢、ホンダロックの夢
そして今度はガイナーレの夢を

決して同情などしない。こちらが逆の立場になる可能性もあったのだから。

あのホーム鳥取戦のロスタイム弾。
自分は悔しさの中にも「でも鳥取はよかったな」と思ってしまった。
それがいかに思い上がりであり、傲慢なことであったのかを思い知らされているところです。

ただ、今期JFLに上がって、試合後の相手コールはしなくなったが、自分の中でのリスペクトは欠かさなかったつもりです。

先日の試合までは


栃木SC

Jを目指す宣言をする前から3000人近い観客を常に集める市民クラブ
自分たちが天皇杯の県予選も突破できなかったころ、J1清水と壮絶な撃ち合いをしたクラブ

JFLの日程表が発表されて、一番うれしかったことは、自分の休みが、ホンダ都田と栃木グリスタに行ける日程になっていたことです

対戦することが夢だったチーム
破れはしたが、存分に我々が戦えたことに、帰りの車には誇りが満ちていた。


そしてホーム最終戦。
これで勝てればJへの扉が!
その相手が栃木SCだったことにも運命を感じた

最高の舞台で最高の相手と戦えることに喜びを感じていた



あれはサッカーではなかった

サッカーとは知力と体力と気力をつくして相手ゴールにボールをぶちこむ競技だったはずだ
バックラインで鳥かごをする競技ではない

もちろん、一人減った相手にボールを回して相手を消耗させるのはセオリー
正直、喜山が下がってしまったとき「してやられた」と思ったし、これから栃木の猛攻が始まるんだろうと覚悟した

しかし、試合はそのまま終わってしまった

うちの悪口は「喜山とヤスタカだけのチーム」だとか
その二人もおらず、看板FWの3人がいない、一人少ないファジアーノがそんなに怖かった?
(ヒナはこういう場面こそ活躍すると信じてたし、今も信じている)

引き分けで優勝が決まるなら
引き分けで4位以上が決まるなら

せめて2位が確定するのなら、まだプレーとして理解できる

その勝ち点1に栃木の選手たちはどんな価値を見いだしていたのか?
そんなに胴上げを目の前でされるのがイヤだったのか?

あのサッカーで、望んだものが得られたのだろうか?
得られたのだとしても、彼らはもっとも大切なものを失ったのだ


http://blog.livedoor.jp/phantom_room/archives/51463047.html

昇格決まったからもういいんですか?

だったらさ

今まで出てない選手にチャンス与えようぜ!

あんなに勝ちたい気持ちが見えない選手を無理して使わなくてもいいよ。

試合中は何とかしようと岡山まで駆けつけたサポは声を張り上げてましたが、その声は届かなかったな・・・

みな声がガラガラでした。



試合終了後には笑顔で満足した表情で選手が挨拶しに来て。

あれ見てサポと選手の温度差を感じたサポは多かったはず。


結局どんな試合でも勝ちたいと思っていたのはサポだけ!

もしあれで選手が一生懸命やってますなんて言ったらそれこそ問題だよね。

一生懸命やってあの試合なら当分J1昇格はないな。





http://kurokey.at.webry.info/200811/article_15.html

今節の岡山行きは「日本三名園の制覇」で、サッカー観戦はツイデってことで・・・・って事にしたいくらいの内容。

何度も言うけど、栃木SCの言う「ボールポゼッション」って何なんだろう?残り1試合になっても、未だ分からないのは俺だけ?

確かにビルドアップは特徴の一つなんだろうが、私にはパス練習にしか見えない。

重圧が1つ取れた栃木と、本気で勝ちにくるだろう岡山の熱い戦いが見られる事を信じて行ったのにパス練習は無いよ!

それならわざわざ岡山まで行かなくても、平出でタダで見たほうが良い!


MFは後ろ向きでプレーしてて、勝負しない!

FWは動かない、競らない、取られても取り返さない。

今回はトーナメント3回戦。ベストメンバーって、何のベスト?

あ~~~、言いたいことは山ほど・・・・・

でも、止めときます。





同じことを思った人が栃木にもいたことがせめてもの慰みです


KEEP ON FIGHTING

彼らはこの言葉に泥をぬった



開幕当時、なんでこのクラスの選手がJFLにいるんだよ!反則だろ!
みたいなことを思ってましたが、今回の試合で分かった気がする


彼らは心からサッカーを愛しているわけじゃないんだ

たまたま人よりサッカーの才能に恵まれて生んでもらったのを、それを人より自分を上に見せるための自己顕示欲の道具に使っているだけなんだ

だから、ちょっと自分の思い通りにいかないと、我を忘れて荒れ狂ったり
連敗が始まると、どう立て直していいか分からなくなる

天皇杯で負けても恥ずかしくない相手と試合をするまで気づけない


サッカーを自分を大きくみせるための道具にしてるだけなんだ

栃木さんには、負けるにしてもサッカーのすばらしさ、サッカーの恐ろしさを、岡山のサッカー未開人たちに焼き付けて忘れさせないようなサッカーをしてもらいたかった。


負け惜しみもたっぷり含んでますが、それ以上に悲しい・・・

誰からも望まれない
自らのサポにすら望まれていないプレーをしながら満足している選手たち
まさしくKYな連中だったな



追記:
これを書いているうちにデカイニュースが入ってきました。
栃木さんが失ったものは本当に大きいようです。
たぶん数年は降格もないだろうし、それまでに

KEEP ON FIGHTING

これを取り戻してくださいね
2008.11.18

応援練習

応援というのは自分はいつも思ってますが

「祈り」

だと思ってます。とても個人的でプライベートな行為。

なので、誰かがやっているから自分もやってみようとか
友達がやってるので空気を読んであわせるとか
では無意味だと思っています。

自らの心の形をそのまま表現すること。
その形は千差万別だと思うし、同じである必要はないと思っています。


今回、サポリーダーがメインにお邪魔してコールを披露させてもらいます。
それにあわせるあわせないはもちろん自由。

でも、もし自分の気持ちをそのコールにのせてもいいと
心から思える方がおられたら、あわせてもらえるとありがたいです


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ファジアーノ岡山☆サポーターによる、応援練習!
☆ホーム最終戦☆
メインスタンドで声出し練習をやります。

ホーム最終戦となる23日、12:00~12:15分の間、
メインスタンド中央付近にて、ファジアーノサポーターによる、応援練習を行います。

普段、サポーターがどのような応援歌(チャント)を歌っているのか?
また、歌詞やテンポが分りにくい。
GATE10に行きたいけど恥ずかしい。

など、色々あると思います。

何かの切欠作りと、HOME最終戦を、みんなの応援で選手の後押しが出来たら!
そう思っています。

当日は、応援練習で歌う応援歌(チャント)の歌詞カードが配られます。

(1)アレ・アレ・オー
(2)オカヤマ・オーレ
(3)アレ・オカヤマ
(4)オレ・LAファジアーレ
(5)この歌に込めて

などを行う予定です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

以上よろしくお願いします
2008.11.07

ファジアーノを愛する勇気と、今の自分を受け止める勇気

先日の応援の是非の件でいろいろ考えていたときに、こちらの文章に出会いました。
かなり多めですが引用させてももらいます。

http://www.counselingstyle.com/2008/09/post_532.html

----------引用始め-----------
「どうしたら、人を愛することができるでしょうか?」




こうい質問や悩みを持っている人は、人を好きになったり、愛することができないわけではなく、本当は「全身全霊、誰かを愛したい!」という大きな愛情を持っている人です。ただ、それがとっても怖いんです。




過去に「愛にまつわる出来事」で、傷ついたことがある人は、誰だって、愛することが怖くなります。その恐れを通り抜けて誰かを愛するのは本当に勇気がいることです。



「どうしたら、人を愛することができるでしょうか?」

という質問をする人に共通することは、それくらいの恐れを乗り越えてでも誰かを愛したい、幸せになりたいという思いがとても強い人です。 過去のカウンセリング経験からいえば、そういう人にとって、誰かを愛するということは、まさに、命がけ、人生をかけてるようなテーマであることが、多いです。

---中略---

「人生をかけて○○○をしよう」

と決意をするとき、それが結婚であれ、仕事であれ、人助けであれ、社会貢献であれ、誰だって怖くなると思いませんか?





そんなとき、意識的には、



「この結婚(仕事)に、本当に人生をかけてもいいんだろうか?」



と、相手(対象)が真実かどうか不安を感じますが、もう1つ深い意識レベルでは、



「私は、本当に、この結婚(仕事)に人生をかけて飛び込めるんだろうか? やり遂げられるだろうか?」

「私は、パートナーにふさわしい女性(男性)だろうか?」



自分に対して真実かどうか、不安と自信のなさが入り混じった感情を感じているのです。異性に対して批判的な目を持っている人のほとんどが、実は自分に対する信頼が持てないのです。誰かや何かを信頼できないとき、実は、私たちは自分自身への不信感を感じているのです。



別のいい方をすれば、それだけ、誰かを愛すること、最後まで愛情のある関係にコミットし、与えることを真剣に考えているとも言えます。そんな状態にいたら、誰だって失敗が怖くなりますから、不安を感じるのは健全な心の状態でしょう。





私たちは、どうでもいいことに恐れたり、不安になったりしません。自分自身にとって、そして自分の大切な人にとって、大きな変化、インパクトを与えるような行動をしようとしたときほど、怖くなります。それだけ、大切な想いや愛が深く、また、心から望んでいることでもあるからです。



そんなときは、自分の心の中にある、それだけ大きな愛につながり、愛を感じた状態で、あなたの直感に従って人生を生きてみて下さい。



「これだけの不安や恐れはあるけれど、誰かを愛し、共に生きて、自分もパートナーも、大切な人たちも含めて、私は幸せな人生を生きたいだろうか?」



この質問を自分にしてみてください。そして、直感的な答えがYesであれば、不安を抱えながらでいいんです。そのままの自分で、あなたが目指す幸せに進みましょう。





幸せへの途上には、色々な出来事が起こります。嬉しいこともあれば、悲しいこともあります。悲しいことが起こったときには、



「こんなことしなければ良かった」

「誰かを好きになるんじゃなかった」



そんなふうに感じることもあるでしょう。 多くの人が、こういう経験をして、失敗して心が傷つくと、そこで道を引き返したり、諦めてしまいます。





でも、そのときに、また、



「これだけの不安や恐れはあるけれど、誰かを愛し、共に生きて、自分もパートナーも、大切な人たちも含めて、私は幸せな人生を生きたいだろうか?」



この質問に立ち戻ってください。




私たちが幸せになるのは、誰かのためではありません。そして、誰かに幸せにしてもらうものでもありません。自分が幸せになりたいから、自分で幸せになるのです。パートナーができたら、二人の幸せに、二人で歩いていきます。それが、結果的に、自分やパートナーや大切な人たちと分かち合える「幸せの形」に磨き上げられるのだと思います。

----------引用終わり-----------
強調原文まま





後半ロスタイム

相手の最後のコーナーキック

あなたは恐怖に支配されるかもしれません。
その恐怖は当然の感情です。

でも、そんな時こそ選手たちを信じてあげて下さい。


1万の瞳が、あなたを不信の目で見つめていたら、おそらくあなたはその場に立っていることもつらいでしょう。
1万の瞳が、あなたを信じて見つめていたなら、あなたは自分の持っている力以上の力を手にすることでしょう。



ファジアーノを愛する勇気を

今の自分を受け止める勇気を

そして我がふるさと岡山の力を信じる勇気を




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