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2007.08.20

ファジアーノ選手スタッフへ プロの話、誇りの話

以前に、選手たちのブログでプロについて話をエライ人から聞いたというのが更新されていました。
ちょっと重光選手のとこから引用させてもらうと
「プロとは、第一に自分で高い目標を立てられる人、第二に約束を守れる人・成果を出せる人、第三に徹底して準備を出来る人・寝てもさめても考えている人、第四に進んで代償を支払おうという気持ちを持っている人、最後に神は努力する者に必ず報いると心から信じている人、これがプロの条件」

ちょっと自分にはピンとこないところもあるんですが、一応自分も自分のプロ論というものを持っています。
それは、うどんやのプロ論なのかもしれないけど、世の中にはどうゆう職業であれプロとしての考え方は共通だと思ってます。
なので、参考にしてもらいたい。


「プロとは、お客様に何かを提供し、それへの対価を頂いて、それで食っている人である。」
と考えてます。

対価で食べていくということが重要。
モノを売って、お金をもらうというのは1回2回だけなら文化祭の出店でも出来る話。食べていくということは続けていくということです。

たとえば、土日に行ったらおいしいうどんが出てくるのに、平日に行ったらとんでもないモノが出てくるうどんやにいつも行きたいでしょうか?
お客さんの多いときはおいしいのに、お客さんが少ないときはまずいうどんやに足を運ぶでしょうか?

お金を払うという行為は提供されるサービスに対する期待であり、プロであるということは、そのお客様の期待に常に応えるということ。
ときどきとか、だいたい応えるじゃなく、常に期待を裏切らないということが出来て、初めて食べていけるということにつながるのです。

飲食の場合、1度でもお客様に「まずい」とか「サービス悪い」と思われたら二度と帰ってきてはもらえません。
それは、サッカー選手で言えばレッドカードどころじゃない。お客様からの解雇通告なのです。
プロは厳しい厳しいと言われるけど、プロの厳しさというのは、その解雇通告を誰も教えてくれない、自分で気づかなければならないということだと思います。

前の試合、自分は見に行けてないので誰がどんなプレーをしたのか分かりません。でも数人の選手は確実に無言の解雇通告をうけてるでしょう。

大島選手の「試合に出てなんぼ」という考え方はよくわかります。
料理としていくらうまくなっても、メニューになかったら、それはどこまでいっても自己満足の世界だからね。
でも、試合に出るというのは、あくまで店のメニューに載るというだけのこと。そこで食べてもらって「また食べたいな」と思えてもらって初めて意味のあるものだと思う。
「プロ=試合に出る」ではなくて、「プロ=試合に出て、またあの選手見たいなと思わせる」であると思います。


■プロの精神論、誇りについて
話がだらだら長くなりますが、精神論についての持論。

「プロとは、お客様に何かを提供し、それへの対価を頂いて、それで食っている人である。」
ここに
「自分が提供しているものへの自信、誇り」と
「対価を頂いている感謝の心」
この二つが同時になければプロではない、と思っています。

もし、感謝の心が無ければ、自信はすぐに過信、おごりになってしまう。
もし、提供しているものへの誇りが無ければ、お金を恵んでもらってるだけの乞食根性になってしまう。

うちのかけうどん1杯の値段は180円です。一般のセルフでの値段は130円くらい。100円で出してるところもあります。
たかだか50円だけれども、正直高い。
でも、高い分だけのものは出しているという自信、本当にそれで評価してもらえているのかという不安、それだけに食べて頂いているという感謝の気持ちがせめぎ合いながら、今までやってきました。

それが、自分にとってのプロとしての誇りです。


話がちょっと変わるけど、ファジアーノをサポートするために、お金じゃなく物品やサービスを無料で提供してくださってるところがあります。

でも、うちの店としてうどんを無償で提供することは、今後無いでしょう。
それはじいさんの遺言でそう言われているので。

じいさんは、「ただでふるまうな。仕事が安うなる。」と言ってました。
それは、
「どんな友人知人、恩人にもただでふるまうな。きちんとお金を頂け。そのかわり、お金を頂いて恥ずかしくないものをいつも出すんじゃ」
ということなのです。

前の試合では、安っぽいプレーをしてなかったでしょうか?お金を頂いて恥ずかしくないプレーが出来てたでしょうか?

「中国リーグじゃお金もらってないし」とか思うかもしれません。
じゃあ、君らのプレーはお金払って見る価値の無いものなのか?
いつまでも、ただで見れる環境にいるつもりなのか?ということです。

一つ断っておくと、ファジアーノにサービスを無料提供してくれているところが仕事が安いと言っているわけではありません。
その提供されているものは、ただの食事だったり、散髪だったりではなく、その仕事で食ってきたという誇りそのものです。

君たちはその誇りを食らい、誇りを身にまとい、誇りをサービスとしてうけとっている。
それを理解出来ないなら、それはブタが飼料を食らってるに過ぎない。

スポンサーからのお金だってそうです。
はっきり言って、ファジアーノのスポンサーになることの宣伝効果は薄い。
「あの会社がファジのスポンサーが出来るようになったのか!」
という宣伝効果より
「ファジアーノはあの会社もスポンサーをやってるのか」
というふうに、お金だけでなく知名度もスポンサーに助けてもらっている状況です。

現状では、スポンサーからのお金は無償で提供されているものです。
そのお金は、その会社の人たちがプロとしての誇りをもって稼いできたお金。
プロとしての誇りそのものです。

ファジアーノは特定の大スポンサーや親会社を持たない。
そうした岡山の人々の小さな思い、誇りによって支えられているクラブです。
それゆえに、ファジアーノは岡山の誇りであると自分は考えています。

残念ながら、選手としての「岡山の誇り」は君たちではない。
その名を受けるのは、この天皇杯の岡山代表になる選手達でしょう。

しかし、君たちが背負っているもの、ファジアーノという名は岡山の誇りそのものであると理解してほしい。

この話を理解出来ない、もしくはバカにする気持ちがある選手、スタッフがもしいるなら、うちにはいらない。
うちを出て行くか、とっとと帰れ。

それも、この休み中に決断してほしい。今なら地域決勝まで三ヶ月。
チームを作り直すにはどうにか出来る期間であると思う。
ファジアーノには時間がない。
中途半端な気持ちを引きずっている選手に付き合ってる時間はない。
この休み中に、決断してほしい。理解出来ないなら、出て行ってくれ。



最後にまたプロの話。
「プロとは、お客様に何かを提供し、それへの対価を頂いて、それで食っている人である。」
プロサッカー選手の場合、お客様に何を提供してるのでしょう?
うちみたいな飲食店の場合、味はともかく食べてもらえれば、腹はふくれる。
しかし、サッカーの試合の場合、腹がふくれるわけでなし、夏は暑くて日にやけるわ、冬は風に吹かれっぱなしだわ、雨が降ればびしょぬれだわで、具体的にいいことが何もない。

映画館だってモノが増えたり腹がふくれるわけじゃないけど、快適な環境で映画を見ることが出来る。
もしうちが、この夏クーラーを入れずに営業してたら、どんなおいしいうどんを出したとしても、お客様は寄りついてくれなかったでしょう。

そうした不利な環境をはねかえすだけのモノを、お客様に提供しないとプロサッカー選手は食っていけないわけです。

それは、勝利なのか、点を取ることなのか、アシストすることなのか。
自分は、サッカーとはまったく関係ないこちらの記事を読んでこれだ!と思いました。
「コンテンツは、実は「人の心」というわけのわからないものを動かしてナンボだ、っていうことにもう一回戻っていかないと、本当にやせ細っていくだけだと思う。」

プロは常にお客様の期待に応えないといけないと書きました。
試合を見に来るお客さんは、その試合勝つことを当然期待してやってくる。
もし負ければ不満タラタラ。
でもお客さんも永遠に勝ち続けることを期待してるわけじゃない。

「勝負の世界だから勝敗があって当たり前。負けて文句を言われてもしょうがない」と考えるのは、ぶっちゃけ甘え。

プロは常にお客様の期待に応えないといけない
本当のプロは負け試合で、お客さんを満足させられる人だと考えます。

念のため言いますが、負けに自分が満足してたら、絶対お客さんを満足させることは出来ない。

どうすれば負け試合でお客さんを満足させられるか。
たぶん、選手それぞれにやり方が違うと思います。
地域決勝までに、それぞれが答えを出していてほしいと願っています。

疲れた体をゆっくり癒して、帰ってきて下さい。
帰ってくる資格のない人は帰ってこなくて結構。

それでは、またスタジアムで。
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