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岡山サッカーレポーターblog改め

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2009.04.16

勝利の価値

自分は代表で好きと言えば、日本をのぞくとアイルランド代表が好きで応援しています。
ファンになったのはこの試合

ドイツ相手に1-0だったのをロスタイムで同点に追いつくという劇的試合でした。
まあ1-0が1-1になる試合なんて掃いて捨てるほどあると思いますが、この試合はあの名GKのカーン率いるドイツ守備陣が鉄壁を誇っていて、それを維持できたからこそ決勝まで進めたというようなチームでした。
一方のアイルランドは体格的に優れていたり、サッカーセンスのあふれるようなタイプの選手もおらずその対戦する様子は巨人vs小人のような試合。

アイルランドは攻撃のパターンも決まっており、サイドに素早く進入して早いクロスを上げる
もしくはゴール前にボールを上げて競り合いにもちこむ

その攻撃は屈強なドイツ守備陣にはまったく通用せず、ことごとくはねのけられるのですが、「もうちょっと変化のある攻撃かんがえろよ」と外野が思ってしまうくらい愚直にその攻撃を全力でやり続けるのです。
岩の壁に卵を投げ続ければいつか岩の壁が崩れ落ちる
そんなことを真剣に信じているかのような迷いのないワンパターン攻撃

そして訪れたのが上のようなシーンだったわけです。



その後、司馬遼太郎が書いた愛蘭土紀行を読み、その民族気質がサッカーに現れていたのだなぁと感心させられました。

アイルランドという国は国として独立したのは第二次大戦以降。
独立国としての歴史は本当に浅い国ですが、国としての存在はローマ帝国時代までさかのぼることが出来る歴史ある国です。

こういうややこしい紹介になるのは、アイルランドという国は、独立するまでイギリスの属国として800年もの時を経た希有な国だからです。
それほど永い間組み敷かれていたにもかかわらず、イギリス国教会にも飲み込まれず、自らの言語を守りつづけ幾多の独立運動の失敗にも屈することがなかったという国。

司馬遼太郎はこう書いています。

アイルランド人は、客観的には百敗の民である。
が、主観的には不敗だとおもっている。
教科書がかれらにそう教えるのでなく、ごく自然に、しかも個々にそうおもっていて、たれが何といおうとも、自分あるいは自民族の敗北を認めることがない。




また、アイルランドの神話を調べている学者と地元の人の会話を紹介しているところでは、こんなふうに地元の人の言葉を書いています。


ねえ君、君はアイルランド気質ってものを理解していないね。われわれアイルランド人は、絶対に負けはしないんだという観念にしがみついているんだ。





上の映像は2002W杯決勝トーナメントのアイルランド×スペイン戦での一場面。
説明がないとよく分からないと思いますが、この試合はたしか0-2でスペインがリードしていたのを終盤でアイルランドが追いついた。
そして延長も終えてPK戦に入る前の準備時間の間の映像だったと思います。


つまり彼は試合結果に対してではなく、自国の選手の戦いぶりに感動して思わず涙を流している

自分は当時とてもうらやましく思いました。
いつか日本代表の試合で、その戦いぶりに感動して涙してみたいと


自分は昨日の試合でそれを体験させてもらい今とても満足しています。
たしかに相手の4点はとても美しく、サッカー好きなら賞賛せざるをえないゴールでした。

でも、90分気持ちで勝っていたのはファジアーノだ!!と断言出来る
試合後のクルピ監督の厳しい言葉は、大勝の後の戒めなのでしょうが、気持ちの上での勝負に負けていたと認めた言葉だったと勝手に解釈しています。

スポーツというものは結果で評価される
その中で才能の差でどうしても届かない世界というものがあります。
でも自分はこう思う

才能というのは親からの遺産と同じで、たまたまその人に授けられたものでしかない。
人間の本当の価値というものは、お金や才能といった先天的に偶然授けられたものでなく、
努力して後天的に獲得したものの大きさで計られるものではないのかと


これは自分の中の勝手な屁理屈かもしれません。
この屁理屈が一般に正しいと認められるか認められないかは、やはり結局のところ「結果」でしかないのかもしれません。

選手達には感謝と、日曜に向けしっかり体と傷を癒して下さいと言いたいです。
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